大人になってからADHDと診断された私が、幼少期にどう過ごしておけばベストだったのか? 親や先生にどんなことをされていたら良かったのか? を振り返りました。
幼少期にしておけば……と後悔していること、逆にしておいて良かったことをまとめたので、ADHDのお子さんをお持ちの方に参考にしていただけたら嬉しいです。
ADHDに気づくのは早い方がいい
ADHDは持って生まれた発達特性と言われているため、幼少期から特徴が表れます。
私の場合、過去の記事にも書いていますが、『忘れ物が多い』『うっかりミスが多い』『思い付きで行動する』ただし『多動は表に出ず気づかれにくい』といった特徴が昔からありました。
女の子の場合は特に、動き回るというより大人しいタイプのADHDが多いため、一見問題がなく診断が遅れる傾向にあるようです。
適切な支援を早期に始めることで学習や対人関係の困りごとを減らすことができると、日常の「やばい」を減らせるというだけでなく、自己肯定感を守れるというのが一番の利点だと思います。
「どうしてこんなこともできないのか」と周囲に叱責されたり本人が悩んだりすることで自己肯定感はどんどんなくなっていってしまいます。
するとADHDの魅力といわれる興味関心の広さやチャレンジ精神が損なわれるばかりか、人によっては二次障害としてうつ病になるケースもあります。
私は診断を受けたのが30代になってからだったのですが、この年齢だから受け入れることができた部分がある一方、もっと早く分かっていれば違う道もあったのかな? と思うこともあります。
具体的に幼少期のどんな対応が良かった・悪かったかは次のとおりです。
ADHDの幼少期に後悔していること
①早期に診断や情報提供を受けなかった
時代柄仕方ないのですが、私の幼少期は今ほど発達障害が一般的ではありませんでした(良くも悪くも)。
更になまじ学業成績は悪くなかったので、親からは全く将来を心配されることもなく、発達に関して病院にかかる選択肢もありませんでした。
ADHDであるという可能性だけでも知っていれば、苦手なことへの対処法や得意なことの伸ばし方を考えて、進学先や就職先を選ぶこともできたかなと思います。
しかし私が幼少期に診断を受けた場合、自分がいわゆる『障害者』にあたるのだと理解し受け入れることはつらかったかもしれないとも思います。
今より周囲の理解もないぶん、学校という狭い世界で『自分だけがみんなと違う』と突き付けられるようで心細かったのではないかなと。(発達障害はクラスに1,2人はいるとは言われているものの)
そのため子どもに発達障害の診断結果や疑いについて話すなら、伝え方を工夫してあげてほしいなと思います。
私は逆に、ADHDであることを未だに親が認めない現状です。
別にどうにかして納得させてやろうなどと思っているわけではないですが、否定されるのは『ADHDである私』を拒絶されているようで少し悲しい気持ちになります。
だからこそ昨今ADHD児の親が発達障害を受け入れようと努力する様子が少し羨ましくもあり、本人にとっては有難い状況なんじゃないかなと思います。(本音を言えば、ADHDが障害ではなくひとつの個性であることを、綺麗ごとではなく本当に受け入れてくれる社会ならベストなのですが)
ADHDが良いとか悪いとかではなく、事実として受け止めてくれる親がいるというのはとても心強いことです。
早めに特性を知ることができれば、後の人生を軌道修正しやすい
②運動していなかった
過去の記事でも触れたとおり、ADHDにとって運動はとても重要です。
運動することで脳神経物質が適切に出るようになったり神経回路が整うといわれているため、日々の運動で特性による困りごとを減らせるからです。
私はほとんどまともな運動経験がないままここまで来てしまいましたが、幼少期から強度高めの運動習慣があればなと思うことは多々あります。
もちろん成人してからでもやればやっただけ意味はあるのですが、幼少期にその習慣ができているのといないのとでは、運動に対する精神的ハードルの高さに大きな差が生まれます。
ただ一方で、私もスポーツを始められそうなタイミングはあったのです。
小学生のとき友達に誘われて、陸上のスポーツ少年団の練習に参加したことがありました。
夜18時、暗く静かになった学校のグラウンドを風を切って走る経験はとても気持ちが良かったのですが、結局体験のみで入団はお断りしてしまいました。
理由は「家でゆっくりしたいから」……。
アクティブなタイプのADHDであればそのまま入団していたかもしれませんが、私は小学生時代やけに人に気を遣う性分で、放課後週3日はひとりで自宅で過ごしたい、さらに言えば夜はテレビを見てから早めに寝たいというタイプでした。
結論、その時間をなくしてスポーツに打ち込むことは恐らく多少なりともストレスになって続かなかったかもしれません。
とはいえ家族や友達と遊ぶときにスポーツをするとか、目的地まで車に乗らず歩く機会を増やすとか、他にやり様はあったはずです。
個人の性格に寄り添いつつ、できる範囲で『動くことを当たり前にする』という意識が大切だと感じます。
幼少期からできるだけ運動する機会を増やすことで、ネガティブな特性がやわらぐ可能性がある
③すべて親に管理してもらっていた
親にすべてやってもらっていると、社会に出てから大変かもというお話です。
ADHDの幼少期は、親が忘れ物や出かける時間をチェックしてくれがちではないでしょうか。
ADHDでなくとも幼い頃は忘れ物が多いものかもしれませんが、大きな違いはその忘れ物の量が成長につれて少なくなるかどうかだと思います。
私の場合は大学時代の一人暮らしから親の介助がなくなったわけですが、外出先で忘れ物に気づくことも、待ち合わせに遅刻することもしょっちゅうでした。
今も克服できたとは言い切れないのですが、忘れ物をしたせいで余計な出費が増えたり、大事な資料を忘れて冷や汗をかいたり、普段から遅刻しがちで信用を失ったりという経験を経てようやく、事前確認の大切さに気付くことができました。
ちなみに仕事で遅刻したことはほぼないのに、特定の友人との待ち合わせはいつも少し遅れてしまう傾向にありました。
「いつも遅刻してくるよね」と言われてようやく、自分の遅刻癖を反省しました。
軽んじているんだろうと詰られても申し開きできないのですが、結局は甘えだったのかなと思います。
仲の良い友人との待ち合わせほど遅れてしまう。
それはなぜなのかと言えば、許してもらえるだろうと思ってしまうから。
更になぜなのかと問えば、自分は少々待たされたところで苦でもないという認識が根底にあるからなのだと分析しています。
自分が嫌だと思うことは人にしない。と教育されている子は多くいますが、自分が嫌だと思わなくても、相手は嫌かもしれない。
ほんの5分の遅刻、でもそれは人によっては5分『も』の遅刻だし、ましてや立て続けなら余計に不快だという視点を持つことも大切だなと身につまされました。
要するに、ある程度の大人になってからこういったことに気づくよりは、早めに困る体験をすることで改善に努められるかもしれないと言いたいのです。
ただし幼少期に『できない子』のレッテルを貼られることはそれ以降の人格形成にマイナスの影響を及ぼす可能性が高いため、自発的に確認できるような仕組みづくりに誘導してあげられるとベストだと思います。
たとえば玄関ドアに忘れ物チェックリストを貼っておいて出かける前に確認するとか、子ども自身が支度にかかる時間を普段から計っておいて、何時から何をすれば定刻に出かけられるのかを一緒に考えてあげるとか。
苦手なものは苦手なまま変わらない場合もありますが、ルーティン化してしまうことで難なくこなせるようになることもあったりします。
親の管理はほどほどに。早めに失敗してルール作りに活かす
④適性に合った選択をしなかった
これが一番大きな後悔かもしれません。
私は幼少期から絵を描いたり小説を書いたりが好きで、ちょこちょこ表彰もされていました。
だから画家になるべきだったと言いたいわけではありません。
ちょっと絵が描けるレベルでは美大を目指すのすら難しいことは分かります。もちろんそこまでの情熱を持てるなら別ですが。
ひとつめの後悔は、芸術関連や国語、英語などの文系科目が得意分野であったにもかかわらず、文理選択で理系を選んで進学したというところにあります。
理系を選んだ理由は、その頃医療関係に興味があったことと、食いっぱぐれなさそうだという計算からでした。
結果として今働いていないわけですが……。
ADHDは興味関心があると恐ろしいまでの集中力を発揮してその分野を極める場合もありますが、残念ながら私の場合、医療に関してそのゾーンにはハマれませんでした。
それどころか、受験は乗り越えたものの理数系が苦手なままだったので、「今、何を目的にこの計算をしているのか」といった全体像を捉えられないままテストだけはパスして卒業に至り、気づけばほとんど専門性は身についていない始末。
それを踏まえて思うのは、将来を決める段階、特に大学進学にあたっては、できるだけ適正にあった分野を選んだほうが予後が良いということです。
受験においては苦手な理数系を中心に勉強してマイナスをゼロにする努力をしたわけですが、そうではなく、もともと得意な分野を更に伸ばす『特性を強みにする』ほうがADHDには向いているように思います。
更に言うと、私は新卒時の就活でほぼ大学の専攻分野に沿った職種しか受けませんでした。
大学時代にせっかく時間をかけて学んだ専攻があるのだから、それ以外の分野にいくのは勿体ないし、学費を出してもらった親にも申し訳ない気がしたのです。
それでも当時よく適性を考えたうえで『完全に理系』な職種は避け、専攻分野の領域に関係しつつも理系に寄りすぎない職種を受けました。
最終的に内定を頂いた企業は『事業内容に興味があるが給料が安い』1社と『事業内容に興味はないが新卒から高給』な1社に絞られ、結局後者を選びました。
ここがふたつめの後悔ポイントで、興味のない仕事をするのはADHDに不向きな選択だったなと思います。
職場は福利厚生がしっかりしていてワークライフバランスもとれており、穏やかで優秀な社員が多かったですが、いかんせん業務内容がつまらないという思いは最後まで拭えなかったのです。
それならば興味のあることをしよう、と思い立ち転職することになるのですが、これがみっつめの後悔でした。
興味のあったクリエイティブな業務に惹かれて転職したまでは良かったのですが、実際の業務はクリエイティブを発揮する以前に緻密な確認作業の連続で、ミスを連発してしまう、前職以上に不向きな職だったのです。
つまり興味関心を持てて、かつ強みを生かせる職が良いという結論になるわけですが、そんなものが手っ取り早くわかれば苦労しないですよね。。
かといってもう働けないとあきらめているわけではないので、今後も天職を探して努力は続けるつもりです。
給料や待遇などのスペックで仕事を選ばない。興味と適正を早めに見極めるのが大切
ADHDの幼少期にしてよかったこと
逆に幼少期にしていたおかげで少し生きやすくなったと感じる要因として、以下が挙げられます。
①本を読んでおいて良かった
読書の中でも特に小説を読むことは、変わり者扱いされやすいADHDが他者視点を学ぶうえで役立ちました。
大なり小なり客観性が身につくので、読書しないよりも空気を読む力がついたと思っています。
これはどちらかというと女児に求められる能力と言えます。というのも、男児よりも女児のほうがコミュニケーションのちょっとした機微に敏感ではないでしょうか。
そのちょっとしたコミュニケーションのずれで女児は仲間はずれやランク付けをしてしまう傾向がどうしてもあるので、ある程度『浮かない』ためにも読書は良いです。
そういうのが嫌ならいっそコミュニケーションを最低限にして、カーストの外で傍観者に徹するのも生存戦略かもしれませんが。
ついでに国語の文章読解の成績が上がるのと、活字に抵抗がなくなることでADHD関連書籍も自ら読むようになり、自己理解を深められるというおまけつきです。
読書の習慣で物事を客観的・多角的に捉えられるようになり、コミュニケーションがひとりよがりになりがちなADHDの特性をやわらげる
②一人暮らしをして良かった
後悔の3つ目に触れたとおり、ADHDはできないことが多すぎて周りから助けてもらうことが多くあります。
特に家庭で親に助けてもらうことは常態化してしまうので、自立が遅れ、ひとりでできることが増えていきません。
親としてはできるようになるまでやらせてみるとか、辛抱強く待つという対応が良いのだと思いますが、義務教育が終わったら一人暮らしさせてみるのが手っ取り早いです。
今まで親にしてもらっていた名もなき家事からお金の管理まで、すべて一人でこなさなければ生きていけません。
泣きつく相手がいないので当然「できない」ではなく「やらなければ」となり、一人でできることが増えていきます。
ただしADHDは面倒が先に立って不便に慣れてしまうので、たとえば電球が切れたとして、電球を替えよう! となるよりも、ひとつくらい電気がついていなくてもいいか。と放っておく可能性が高いです。
行き過ぎると風呂に入らない、食事も摂らないと生命維持に支障をきたしかねないタイプの方もいると思うので、そこは見極めが必要ですが。
とはいえ誰にも頼れない状況には慣れておいたほうがいいと強く実感しているので、そんなふうに若干セルフネグレクト気味になったとしても、一人で完結させる経験があるに越したことはないです。
というのも、以前の記事で触れたように協調運動障害があるADHDの方は多いように思うので、手先が不器用で何かを作ったり直したりの手作業が苦手なんですよね。
なので料理の手際が悪いとか洗濯物の干し方が変だとか、実際によく言われていました。
そのままだと社会に出たときに本人が恥ずかしい思いをすることになるので、一通りの身の回りの世話は自分でできるようになりたいですね。
ここで矛盾することを言うようですが、一人暮らしをさせても時折様子は見に行ってあげたたほうがいいです。
上記に挙げたような生活能力の低さに自分では気づかないので、他人から指摘されたほうが間違いや遠回りに早く気づきます。
言われた瞬間は「別に洗濯物はこの干し方で困ってないし、ちゃんと乾いてるし」と思って反発するのですが、後から冷静になって考えてみると「確かにこの干し方じゃ乾きづらいな」と段々分かってきます。
一人暮らしが難しければ、一緒に住んでいても親ができるだけ手出ししないことが、ゆくゆくは本人のためになっていきます。
私は未だに不器用で生活能力が高いとはいえませんが、一人暮らししたことでだいぶマシになったなと実感があります。
一人でできることを早いうちに増やし、周囲とのずれにも気づいておく
→社会人になってから生きやすくなる
③成功体験を増やして良かった
失敗の多いADHDだからこそ、成功体験の積み重ねは生きていくうえでとても大切です。
人よりミスしやすいぶん、ADHDは「他の人は普通にできているのに」「やっぱり自分はダメだ」と自分を責める機会が多いです。
これが積み重なると二次障害のうつ病などにつながる可能性があるわけですが、あくまで前向きに過ごすために、小さくても成功体験の貯金が必要になってきます。
私の場合は、前述のとおり絵や作文で表彰されることが多かったこと。受験勉強をして、実力で大学に合格したこと。いくつかの資格試験に受かったこと。ファッションやインテリアのセンスを褒められたこと。
それからADHDの特性ゆえか、性格が少し変わっていて面白いと言ってもらった経験などです。
できれば自分の努力によって成し遂げたことがあると自信につながり、社会でもなんとかやっていけるというモチベーションになります。
一方でもともとの性格については、『変わっている』ところがネガティブに捉えられることがある反面、そこが個性的で良いと言ってもらえるのは救いになりました。
どうしても普通とずれてしまうからこそ、ありのままを認めてくれる存在は大きいです。
だからといって増長させてネガティブ(と捉える人が多い)面ばかりを伸ばすことになると本人の将来のためにはならないかもしれませんが、どんな性質が良いところ・唯一無二なのかを、言葉にして伝えてあげてほしいです。
話がずれましたが、親としては生来の性質を否定せず(できれば良い面を見つけて肯定的になり)、得意分野をみつけながら成功体験を積めるように誘導してくれたら幸せだと思います。
以上となりますが、してよかったことと後悔していることをまとめます。
| してよかったこと | 後悔していること |
|---|---|
| 本を読んだこと | 早期に診断や情報提供を受けなかった |
| 一人暮らしをしたこと | 運動していなかった |
| 成功体験を増やしたこと | すべて親に管理してもらっていた |
| 適性にあった選択をしなかった |
ADHDの子をもつ親御さんの参考になればうれしいです。
とはいえ失敗も必要。糧になる

コメント